世界の工場は中国からベトナムへ?サプライチェーン移行の現実と課題
長らく『世界の工場』として君臨してきた中国から、生産拠点がベトナムなどの東南アジア諸国へシフトしています。米中対立、人件費高騰、そしてコロナ禍が加速させたこの動きは、本当にベトナムを次の『世界の工場』にするのでしょうか?この記事では、サプライチェーン移行の背景と、ベトナムの強み、そして直面する課題を解説します。
世界の工場は中国からベトナムへ?サプライチェーン移行の現実と課題
長らく世界経済の屋台骨を支え、『世界の工場』として君臨してきた中国。しかし、近年、その地位がベトナムをはじめとする東南アジア諸国へとシフトしているというニュースが増えています。米中対立、人件費の高騰、そしてパンデミックが加速させたこの動きは、果たしてベトナムを次の製造拠点に押し上げるのでしょうか?
この記事では、サプライチェーン移行の背景と、ベトナムが持つ強み、そして直面する課題について解説します。
1. サプライチェーン移行を加速させた「3つの圧力」
生産拠点が中国からアジアの他国へ移る動き(「チャイナ・プラスワン」)は以前からありましたが、近年、以下の3つの要因でその流れが加速しています。
圧力1:米中対立と「デリスキング」
アメリカと中国の対立は、関税戦争や技術規制という形で現れました。これにより、多くのグローバル企業は、中国一国に生産を集中させるリスクを避けるため、サプライチェーンの多様化(デリスキング)を急務としています。特にアメリカ向け製品の製造を、政治的リスクの低いベトナムへ移す動きが顕著です。
圧力2:人件費の急騰とコスト増
中国の沿岸部、特に珠江デルタや長江デルタといった主要な製造拠点では、この20年で賃金が大幅に上昇しました。現在、ベトナムやタイなどの周辺国と比較して、人件費の競争優位性が薄れてきています。コスト削減を追求する製造業にとって、より人件費の安い国への移転は避けられない流れです。
圧力3:パンデミックによる供給網の脆弱化
新型コロナウイルスのパンデミック中に中国が実施した厳格なロックダウン(ゼロコロナ政策)は、世界のサプライチェーンを寸断しました。この経験から、企業は「一つの拠点に依存するリスク」を痛感し、生産拠点の地理的な分散を急ぎました。
2. ベトナムが次の「世界の工場」候補である理由
東南アジア諸国の中でも、ベトナムが特に有力な候補として注目されているのには、明確な理由があります。
- 地理的優位性と労働力:
- 中国との近さ: 中国の製造拠点と地理的に近く、部品供給網の一部を維持しやすい立地です。
- 若く豊富な労働力: 人口構造が若く、勤勉で教育水準が比較的高い労働力が豊富です。
- 人件費の競争力: 中国と比較して、製造業における賃金水準が依然として低い水準にあります。
- 積極的な貿易政策とFTA: ベトナム政府は、外国企業の誘致に積極的であり、多くの自由貿易協定(FTA)を締結しています。特に、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)やEUとのFTAにより、ベトナムで製造された製品は、巨大市場へ低関税で輸出できる優位性を持っています。
- 投資実績の積み重ね: サムスン(Samsung)、インテル(Intel)、アップル(Apple)のサプライヤーなど、世界的なハイテク企業がすでに大規模な投資を行い、サプライチェーンの基盤を築いています。
3. ベトナムが直面する構造的課題
ベトナムは急成長を遂げていますが、中国の代替となるには、まだいくつかの構造的な課題を乗り越える必要があります。
課題1:インフラのボトルネック
- 電力不足: 経済成長に伴う電力需要の急増に対し、供給が追いついていません。特に乾季には、製造業が稼働制限を受けるほどの電力不足が深刻化することがあります。
- 物流網の整備遅れ: 主要港湾や道路のキャパシティが、急速な貿易量増加に追いついておらず、物流コストの増加や遅延の原因となっています。
課題2:サプライチェーンの未成熟
- 部品調達網の未整備: 中国は部品メーカーが集積した巨大なサプライチェーンエコシステムを持っていますが、ベトナムでは国内での部品調達が難しく、依然として多くの重要部品を中国や他国からの輸入に頼っています。
- 付加価値の低さ: 製造される製品の多くが組立加工段階に留まっており、高付加価値な部品製造や研究開発(R&D)機能の集積はこれからです。
課題3:人件費の上昇圧力
急速な経済成長と製造業の集中により、都市部ではすでに熟練労働者の賃金が上昇傾向にあります。このまま生産移転が加速すれば、人件費の優位性は短期間で失われる可能性があります。
まとめ
『世界の工場』の座は、**「中国から一瞬でベトナムに移る」のではなく、「多様な国々に分散する」**という形で変化しています。ベトナムは、地理的な優位性、若い労働力、そして積極的なFTA戦略により、その分散先の「主要なハブ」の一つとして地位を確立しました。
しかし、インフラのボトルネックやサプライチェーンの未成熟さといった課題を克服しなければ、真の意味で中国の代替となることはできません。今後は、ベトナムだけでなく、インドネシア、タイ、インドといった他のアジア諸国が、それぞれの強みを活かして生産拠点の多様化を担っていくことになるでしょう。